夢は叶えるもの 奇跡は起こすもの

夢は、ラッキーな誰かに神様が与えてくださるものではなく、自分自身が描いて、叶えるもの。.と信じて  毎日の出来事、家族の事を  綴っていきます。そこには、「愛」がある。
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寒くなった朝のひと時


10月31日

10月も最後の日になり、
秋が深まってきた と言うより
冬が近づいた と言った方が良い季節になりました。

朝晩は 寒くなり お布団の中の
居心地が良いですね。

朝食後のお茶は デジカメのレンズが曇るほどに(^^ゞ
DSCF4242.jpg
湯気の立つお茶が美味しい。
DSCF4243.jpg

外を眺めたら
1か月前に植えた ビオラがすっかり根付いてました。
ビオラ
今年も終わるころ
2段重ねのビオラは、上から下から
こんもり 綺麗な花で 楽しませてくれるでしょう。
2段ビオラ

寒くなった朝の 少しホッとする時間でした。



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父の声 もう一度・・ 家族の愛



昨日 地元の新聞記事のことです。

咽頭がん手術で声帯を失った父親のために
兄弟が 術後も元の声で対話出来る
音声ソフトウエアを開発した。

パソコンで文章を入力すると
録音しておいた肉声が組み合わされて
言葉を紡ぐ仕組みだ。

「声を失った患者の生活の質の向上を目指したシステムで
 同じ境遇にある患者や家族をサポートしたい」と
会社を設立して事業化に乗り出した。

HPはこちら
voice-leader_header.jpg

http://www.voice-leader.sakura.ne.jp/

病気やがんにならない為に日頃の生活で
食事 運動 冷え取り 心の持ち方等 
免疫力を高める事が大切ですが、
人間完璧な事は出来ません。

それでも
「ベストを尽くす」ことが基本ですね。

それでも それでも 不幸にして
ガンになってしまったら 
抗がん剤治療 放射線治療などで 
体力をなくしてしまわないように、
いろいろな情報を得て 最善の方法を取りたいですね。

それでも それでも それでも
最悪 手術をしなければならない状況になってしまったら
希望の光を見つけたいものですね。

それにしても
家族愛って 希望を生み出す事が出来るものなのですね。

このカテゴリーは、咽頭がんではありませんが
模索していらっしゃる方の目に止まれば幸いです。



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かかりつけ医とスポーツクラブ復帰


手術の日から5カ月が経ちます。

日ごろは 手術した事さえ忘れて普通の生活をしています。
思い出すのは、お風呂に入ってお腹の傷を見た時と
病院の周辺へ行った時 
救急車のサイレンを聞いた時だけになりました。

主治医は 1年後の再診と言われましたが、
婦人科以外の検査でもしようかな~と思い
手術後半年になる11月末に かかりつけ医である
内科の予約を入れました。

退院してから 今まで以上に普段の生活には、
気を付けてるつもりではいますし
(早寝は、なかなか出来ないですが・・)(-_-メ)
体内脂肪率も基礎代謝も血圧も 
良い結果がでていますが、
血液と尿検査だけでも かなり 体内の事が分かると思いました。

手術前に 1日分だけ解熱剤を頂きに診察へ行っていますので
手術のことは、ご存じですが、
手術後の事も知っておいて欲しいとも思いました。

この先生は在宅ホスピス医として
外来は午前中だけ 午後は訪問診療をされていますので
外来は結構混んでます。
それにしても 1か月前の予約は早すぎますが・・

top.jpg

クリニックの敷地内に

○小規模多機能型居宅介護施設
○小規模型通所施設
○居宅介護支援事務所
○訪問介護ステーション

次々開設され

「風邪くらいの病気でも診てもらえる、
 そんな当たり前のかかりつけ医が、
 がん患者さんなどの終末期を看取れるようになれば、
 安心して居心地の良い場所で、
 居心地の良い人たちに囲まれながら、
 その人らしく「いのちの最後」を生きる事ができる」

これが 在宅ホスピス医の立場であり願いです。と言われる先生です。

94654.jpg


午前中だけの外来診察なので、
急に具合が悪くなった時は、すぐに診て頂けないのが、
残念ですが 長いお付き合いの先生であり、
安心と信頼で 何でもお話しの出来る先生なので
今後もずっと いのちの最後まで 診て頂きたい先生です。

この医院に予約を入れた日に
スポーツクラブの仲間から電話があり
「怠けてないで・・(笑) そろそろ復帰したら」

怠けてるつもりはありませんでしたが・・・
やっぱり運動は前より怠けていたかな(>_<)

かかりつけ医の診察を受けてから
スポーツクラブへ復帰しようと思ってましたが
仲間からの電話に 思わず
11月から行くと返事してしまったおばさんでした。



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友人との葛藤


病気になる前の半年は、
精神的ストレスの多い時であったと思う。

仕事の事については
新規事業がタイミングが合わず、見送りになったが 
これは方向転換すれば良いことで 
あまり気にしていない。

それより 友人とのすれ違いが
大きなストレスであった。

彼女は、長年務めた会社を定年退職した。
その途端 すべてにおいて 考え方が後ろ向きになった。
「燃え尽き症候群」だろうか。

彼女は一人暮らしなので 
最低限の家事が終わると テレビ漬けになった。
そして 見る見るうちに 肥った。

元々 「趣味はテレビよ」と言っていたが
朝 新聞を開くと まずテレビの番組表を見る。
一日分の番組チェックして 見たい番組が重なったら録画予約する。
リアルタイムで見たい番組が終わると 録画した番組を見る。

たまには、刺激のある事も必要と思い
おばさんの趣味であるバラ園やボタン園見学へも誘った。
彼女の興味ある天体やフリスビードッグ大会 水族館へも誘った。

そのたびに「ちょっと待ってね。録画するから」と言われ
正直うんざりしてきた。

車を運転するのはおばさんの役割であったが
車の中で 居眠りをして 楽しい会話が少なくなった。
その訳も良く分かる。
おばさんは 以前と違ってしまった彼女に
お説教じみた事を言うようになったからだと思う。

外出すると ランチ代や入場料など 
少なからずお金もかかる。
彼女は 退職後収入がなくなり 年金生活になったので
節約生活をするようになった。
そして「あなたは お金があるから良いよね」と言う。

家族がいれば 思わぬ出費があったり
一人暮らしと違い 行動に制限があったり、
収入の代償としての責任も負わされる事になる。

それぞれ 置かれた立場によっての責任で
生活の状況も変わって来るものです。
「隣の芝生」的な考えは、
通用しないのではないかと思ってるおばさんです。

今後も仕事がしたと言うので
いろいろ探したり 提案もしてきましたが
すべてに理由を付けては頭から「ダメ ダメ」

あんなに前向きで 張り切って仕事をしていた彼女の
変貌ぶりを 何とか理解しようと努めてきたけれど
イライラが募った。

これは 彼女の生き方だからと思い
提案することも 外出に誘うことも止めた。

話をする事も今までの半分以下になり
たまに話をしても 感覚のすれ違いに
楽しくなくなっていった。

これが相当のストレスになっていた事は
確かだと思っている。

だから おばさんが病気になったと
彼女のせいにする気はないけれど、
自分の中で 整理の付かないストレスを感じて過ごした半年であった。

今日は、主人も息子も居ない夜なので
つい 愚痴めいた事を書いてしまったおばさんでした。



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睡眠時間が足りない(>_<)


夜は お風呂に入ったら
寝るだけ~(*^。^*)

ですが・・・・

早寝
おばさんは これが一番苦手なんです(>_<)

不眠症では ありません。

主人が スポーツクラブから帰って 軽い食事を
済ませて 後片付けすると10時
お風呂に入って ニュースも見たい。
本も読みたい 観たいDVDもある

昼間に出来ない事がいっぱい

どんなに遅くても 今日中(12時前)に
寝るのが良いとされていますが、
頑張っても 明日に(12時過ぎ)なってしまいます(>_<)

やりたい事があるのに寝るって勿体ないような気がして。

しかし・・・・

早起き これは得意です(笑)
毎朝 5時半には起きてます。
(最近の5時半は薄暗いです)

万年睡眠不足って事になるでしょうか。

短い睡眠時間ですが ぐっすり眠っているようで
昼間に眠いと言う事はありません。

先日 遊びに行ってた息子を締め出してしまって
息子は5回ほど おばさんの携帯を鳴らしましたが
おばさんは気が付きませんでした(^^ゞ

家の周りを回って たまたま鍵が開いていた
キッチンの窓から入りました(笑)
泥棒と間違えてパトカー呼ばれなくて良かったです(爆)

それ程 熟睡してたって事でしょうね(笑)

脳をメンテナンスするためには
最低6時間の睡眠時間が必要だと言われています。
ただ ただ 6時間以上寝てたら良いと言う事ではなく
睡眠の質が良けりゃいいじゃない(笑)

病気になった原因は この辺にあるのでしょうか。



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足湯花盛り


「温かい空気は上へ冷たい空気は下へ」

上半身は、心臓からも近いため、比較的体温が高く維持されていますが、
心臓から最も遠い下半身は普段から冷えやすいです。

足が冷えてくると 体全体が寒い感じしますね(>_<)

最近では、温泉地だけでなく 
駅 空港 ゴルフ場 居酒屋にまで 足湯登場
足湯カフェというのもあるそうです。
ケーキ食べながら 足湯(*_*;
体内の脂溶かしながら 脂入れる?(笑)

足湯の歴史は長い。
江戸時代には 街道沿いの旅籠に設置してあり
旅人を癒したり、かっけの治療用にも使われ
農作業で濡れて疲れた足を癒していたそうです。

人の体というのは、一定の体温を保つために、
常に熱を発生させなければならないです
体の中で熱をつくっているのは肝臓と筋肉です。
しかし、筋肉から発生する熱は、
肝臓から供給されているエネルギーを元に得られるものなので、
つまりは体の熱はほとんど肝臓によって発生されているのです。

足湯によって、体を温め肝臓を助けると、
しばらくの間 肝臓は熱を供給しなくてもよくなり、
その余力で、
熱を発生させる事以外の機能に力を発揮できるのです。

肝臓の働きを活性化させると、
冷え性の改善や老廃物の解毒、免疫力も高まります。

足湯効果は、すごいものですね。
知ってしまったらやるしかない!!

おばさんの仕事場は、床がフローリングです。
もちろん 床暖など入っていませんから
長時間腰かけていると 足が冷え冷え(>_<)

足湯は20分くらいで
体まで温かくなりますから
足湯器をパソコンの下へ置いて
足湯しながら パソコン打ってます。
DSCF0289.jpg

電話の子機と携帯を側に置いて
立たなくても良い準備してから
ヌクヌクしてます(笑)

普段 事務所は、おばさん一人ですから
やりたい放題(^-^)
社員が見たら 「なにやってるんだ~」でしょうね(^^ゞ

ついでに 生姜入り紅茶など 飲んで
天国 極楽(*^。^*) お気楽おばさんです。

これは、ヒーターが入っていますから
設定した温度で いつでも使えますが、
足が濡れちゃうので 終わったら足拭いたり
まぁ 手間はかかりますね。
節電の時期に 少しであっても電気も使います。

入浴剤が入っていますから 温まり方もバッチリ
足もツルツルになります。
老廃物も さようなら~(^_-)-☆

電気の要らない エコ足温器もありますが、
00001134_photo1.jpg

自力で温めるので、本当に冷えちゃった足では、
充分な温まり方が出来ないのかも知れません。

付けたまま歩けるものあるようですね。
img57831523.jpg

使ってないので
効果と使い勝手は 良く分かりません。

どんな方法であっても 足を温める事は
免疫力も上がり 健康には欠かせないですね~(*^^)v



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この時間が 一番すき~(^_-)-☆


内臓脂肪が多いと生活習慣病を発症しやすいと恐れて
体重計で 体脂肪率を気にして居られる方 多いですね。
おばさんの周囲にもたくさん居ます。

冷えると「脂」は固まる

すき焼きの残り物 油を使った煮物など
冷蔵庫に入れておくと 温度が下がって
「脂」が白く固まってしまう事は知ってますよね。

体内が冷えると 内臓脂肪は
冷蔵庫の中のすき焼きの残り物状態(;一_一)

白く固まってしまった脂肪は代謝されずに蓄積され
血管の内側や内臓の周辺に付着して壁を作り
その結果 血管が細くなって血流が悪くなり
体温が下がってしまうのです。

お風呂に入って 体を温めて 内臓の「脂」を溶かしましょう。

今日は、
おばさんのお風呂の入り方をご紹介しますね。
正しいかどうかは、知りませんが(^^ゞ
DSCF4219.jpg

浴槽には入浴剤を入れてます。
pinehisens.jpg


体洗って浴槽に入ると
足を伸ばし 背中を側面に付け
そのまま お尻を持ち上げると
突っ張り棒のようになります。
その状態で 上向き腹筋運動です。
浮力があるので 100回でも楽に出来ます。

これ・・かなり効果がありますよ。

次は かかとを付けて つま先を手前に倒します
ふくらはぎが突っ張りますね~。
左右交互に歩くように。
水前寺清子の歌「三百六十五歩のマーチ 」 
♪~幸せは歩いて来ない だから歩いてゆくんだね~♪
って 歌い出しのこの歌
最後の
♪~ソレワン・ツウ・ワン・ツウ~♪
この回数は 自分のその日の調子でオーケー(*^。^*)
これは、入院中 梅干しと花束を持って
お見舞いに来てくれた Iさんから教えて貰いました。

その次は 手を顔の前に広げて
「キラキラ星」
英語でも日本語でも お好みで。
歌い終わったら 終了。

それが終わったら
福田稔先生の「爪もみ療法」
tume_p1.gif

http://www.fukudaminoru.com/category/1220572.html


入浴時間は 充分温まるのに15分~20分
上記の4動作をやっても 10分かかりません。
残りの10分は 何も考えず のんびり~ゆったり~~

これで 筋肉がほぐれ 血行もよくなり
入浴後は 汗ボトボト 
運動と入浴を同時にやってしまう
ながら族のおばさん入浴法でした。

お水を入浴前に常温で飲んだ方が良いみたいです。
浴槽から上がったら 体はバスタオルで心臓に向かって拭きます。
同じ拭くなら 古い血液を心臓に戻した方が良いですから。
マッサージではないので 力は入れませんよ。

汗が引いて寝るまでは 
テレビでも見ながら、つぼ押し棒で
足の裏を刺激したり・・(*^。^*)
DSCF4223.jpg


これでお布団の中でも
ポッカポカ
冷えが取れた~実感します。

一日の終わりの至福の時です。



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ここから 始めよう~っと!


病気と闘ったり 健康を維持していくためには
体の事だけではなく 心も含めた
人間全体の健康のつながりを重視して
自然治癒力を高める事が大切だと言われています。

この事を「ホリスティック医学」と言うそうです。

体と心と命 そこに 西洋医学 代替医療

この中で まず始めに 体について考えてみたいです。

順天堂大学医学部非常勤講師で
女性のための健康に力を入れて居られる
劉影(りゅういん)先生のお話しです。

【「冷え」というのは病気ではありませんが。
 中医学(東洋医学)で言う「未病」つまりなんとなく調子が悪い、
 病気の一歩手前の状態です。
 「未病」を抱えた人が多くいますが
 これが「病気」になってしまう前に
 どうしてそういう状態になってしまったのか
 どうすれば改善出来るのか 
 しっかり知る事が大切です。
 「冷え」を取る為に 入浴で体を温めても
 一瞬だけで 根本的な冷えの解消にはなりません。
 エネルギーが足りないと 「気」が流れず
 栄養も手足まで届きませんから
 「貯金」の出来る 肉 魚(タンパク質)
 お米(炭水化物)等 バランス良く摂取して 
 栄養を体の隅々まで 送らなければ 
 根本的な「冷え」を解消出来ません。
 また 筋肉は 熱を作り出す大事な部位で、
 代謝にも大きく関係しますから 程良い運動を
 心がけて 筋肉を付けましょう。】

これを読むと いまさらながらですが
「冷え取り」「バランス良い食事」「運動」
これが 健康で過ごせる 元になる事なのですね。

新潟大学の阿保徹先生は
「体温が高いと免疫もパワフル」と言われます。

免疫力が高いか低いか 
これは体温を測って見れば分かるそうです。
脇の下の体温が 36.5度あれば
脳や内臓のある深部の体温が 37度以上ある目安になり
免疫の主役 白血球が働きやすくなり
理想的な体内環境にあると言えるそうです。

では~ 手始めに冷えを取り体温を上げましょう。

「人間の体の首のつく部分を温めるのが良い」
何かの本で読んでから
おばさんは 夜寝るときに,
お腹は腹巻 
onaka-win_head_03.jpg

足首にレッグウォーマー 
asikubi_04.jpg

手首には手首ウォーマーをしています。
billbord.jpg


夏の暑い時もやってます。
習慣になったら 
これが無いと寝られない~~。
幼児が ぬいぐるみ抱っこで寝るのと同じかな(笑)
最近は 大人の女性でも ひょっとして 男性でも
抱っこ寝してるとか・・(;一_一)

何も努力しなくて良い冷え取りの第一歩です。

おばさんのお気に入りのショップは こちらです。
温むすび

http://www.onmusubi.jp/

体が温まり 心も温まります。



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温むすびhttp://www.onmusubi.jp/


おごり高ぶりは怖い


退院後の診察で
1年後の再診で良いと言われ
一応 闘病生活が一段落したので
ほっとして、安心はしましたが、
これは、卵巣膿瘍がほぼ完治と言う事で
体全体が まったくの健康体である保障ではない。

病気になるまでのおばさんは、

体温も36度5分キープしてましたし
足が冷えることもなく 温かいでした。
朝晩測る体重 体脂肪率 等も
正常な範囲にあり、
食事もそれなりに気を付けていたと思います。

仕事 私的にストレスを感じる事が
しばらく続き 睡眠不足ではありましたが、
やるべき事はやってるから 大丈夫だ!!

運動も仕事の合間に 週3回スポーツクラブに通ってました。
昨秋から 夕方週3回の趣味の教室にも通い始め、
やっていると言う 自己満足感 (´へ `;) う~~ん

楽しくやっていたか?と問われたら
義務であったのかも知れません。

それらは ただ単に 
健康的に過ごしているかのような思い上がりに過ぎず
実際は 体が悲鳴を上げていたのでしょう。

慢心 おごり高ぶり以外の何物でもありません(;一_一)

入院手術によって 
意図せずに 体がリセットされたので
初心に帰り これから本物の健康体を得るための
努力をしていきたいと思っています。

しかし 今まで おばさんがやって来た事は
決して無駄であったとは思っていません。
蓄積された免疫力が 
順調な回復力として結果を出していると思ってます。

病気になるきっかけは
ほんの些細なバランスの崩れだと思います。

何も考えず乱れた生活をしていても
病気もせず一生終わる人もいます。
これは 単に不摂生な生活の中でのバランスが
取れていただけの幸運であって、
病気になる高いリスクの上での
綱渡り状態だったのではないでしょうか。

崖下へ落ちなくて良かったね。
この程度の評価だと思います。

このカテゴリーのブログを読まれる方は、
病気に苦しみ 悩み 
何らかの解決策を模索されているのだと思います。

もし おばさんのブログを読んでくださって
共感してくださる方があったら、
情報交換し 学び 健康な体を手に入れましょうね。

一人より二人 二人より三人
共に励まし合える人が多い程 挫折が少ないと思います。

おばさんだけどね( ☣ฺ_ゝ☣ฺ)フフ・・・

おばさんパワーでビーム(´・ω・`)ノノ・‥…━━━★



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請求書と生命保険


退院後 数日して 病院から 請求書が届き
入院中 「診療料金表」を眺めて計算してましたので
ほぼ予想してた通りの金額でした。
高額療養費の届けもしてありましたので
それなりか!!

退院と同時に生命保険の入院手術給付金の請求をする為
病院へお金を払いに行った時 診断書の請求もしてきました。
この病院は 退院時には 診断書をくれないのです。
郵送で 10日もかかって 届きました。

おばさんは 保険会社とも少し関係のある仕事だったので
お付き合いで 数本の生命保険に入っていた事が
ラッキーでした。

病院と違って
保険会社からは、すぐに給付金が送金され
差額ベッド代も含めても 余りの出る金額でした。

生命保険は 使わなければ 捨てるような保険料ですが
万一の時には 本当に助かるものです。
それが 生命保険なんですが。

おばさんは、家族の生活を支える必要のない立場ですから
土台となる死亡保険金額は薄く 医療費の特約を厚く
このような時に 助かるような入り方をしてましたので
この選択は 誤りではなかったです。

生命保険の契約内容 受取人の事
結構複雑で分かり難い問題ですが 
長期にわたって払っていく保険料も相当額になります。 
保険料だけで 契約してしまうと 
必要な時 必要な保険金が出ない事もありますから、
良く勉強して有利な契約したいものですね。



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退院後は徐々に



本格的に退院してからは、
お掃除は、軽くモップをかける掃除機をかける作業で
済んでいましたが
思わない事も発見しました。
掃除機をかける時 押す事は 楽でしたが
引く時に 腹筋を使う事が分かりました。

キッチンに立つと 前の棚に手を伸ばす時
お腹が流し台の縁に触れて 傷が痛みました。
前かがみが結構キツイ姿勢で
低い所の作業は 膝をついてやり、
立ちあがる時は 壁につかまって。

人間は 不自由になると それなりに
頭を使うもので 
キッチンでは 斜めに立ち 傷を守って,
重い物は 足を使って 移動させたりしてました。

しばらくは、最初の退院時に買った腹帯をしていましたが、
これは、トイレの時に 外したり巻きなおしたり不自由でしたので
ゆるいガードルを買って来て これに変えました。
お腹もしっかりガードされて 使い心地良かったです。

それでも 出来ない事が多くあり
息子の手を借りました。
主人にお願いすると 「○(息子)の方が若いから・・」
それでも 巨大西瓜を頂いた時は
自分が食べたいせいか 抱えて冷蔵庫に入れました。
どんな主人だ~~(笑)

息子は 「何でも俺に出来る事はやってやるけど、
     お願いだから 救急車だけは呼ばせないでくれ」
嫌な顔もせず手伝ってくれましたが、
あの救急車騒ぎだけは、衝撃的な出来ごとだったようです。

嬉しかった事もありました。
まだ ゆっくりしか歩けない頃
スーパーに買い物に行きました。
あれこれ 欲しいものが多くて
カゴ2個の買い物をしてしまいました。

買い物中は カートにもたれ掛かるように
歩いていましたから お腹の支えがあり良かったのですが
レジでは カゴを持ちあげなければなりません。
さて・・どうしよう。

レジのお姉さんにお願いしようかな。

そう思ってる時 ささっ!レジのお姉さんがやって来て
カゴをレジ台に上げてくれました。
会計が済んだら 包装台へも運んでくれました。
何も言わないのに このサービスは
本当に嬉しかったです。

普段使ってるスーパーですから
元気になっても 
そのスーパーを使ってるのは当然です。

1週間が経ち 1か月が経ち 
「ほら、走れるようになった」とおばさんは
走ってみせました(笑)



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退院後の外来


6月27日(水)

退院後 初めての外来診察。

再診は 午後の診察ですから
1時30分の予約でした。

この日は 初診日以来 初めての運転でしたので
主人が「車の運転大丈夫か~」と言い
おばさんは「大丈夫だよ。近いから。」と車に乗りました。

大丈夫って言ってみたものの
運転すると お腹ばかり気になって
周囲への気配りが欠けているような気がして
不安いっぱいでした。
送って貰えば良かったかな~。

慣れ親しんだ レントゲン検査室で
レントゲンを撮り 採血をしましたが
この採血の時は 悲劇

針を刺して 検査容器に入れ替えても
血液が上がってきません。
針は刺したまま 検査容器を入れ替えましたが
それでも 血液が上がらず、
検査の看護師さんは、針刺したまま
血管グリグリ・・痛いよね(>_<)

結局 新たに針刺し直して 無事終了
大きなガーゼに絆創膏。。
へったくそ~~(-_-メ) 

診察室へ行きましたが、
また30分待たされました。

今回は 具合も悪くなかったので
待つことも平気でした。

主治医は 傷口を見て 内診して
レントゲンと採血の結果を見て
「半年後の予約で 1年後に再診してください」
予約が半年後ですか?思わず聞きました。

半年後なんて 忘れてしまいそう・・
まぁ これは完治って事でしょうか。

ここで 1か月半にわたる 闘病生活が
一段落と言う事になりました。



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驚きの連続


退院した初日から また驚き発生

家は 家政婦さんのお陰で
綺麗になっていました。
お掃除上手な家政婦さんなんですね。

けど・・・

5時に家政婦さんが
「衣類乾燥機に お洗濯物が入ってますから
 たたんでくださいね」と帰りました。

開けてびっくり(@_@;)(@_@;)

中には、主人のスラックス
それも ブランド品 ン万円の品です。
息子の おしゃれ着
これも 多分 ン万円でしょう。

スラックスは、裏地がクチャクチャ
おしゃれ着は、別布で縁取った 襟 前立てが縮んで
やはり クチャクチャ

お馴染のクリーニング屋さんに頼んで
何とか 直してもらいましたが
手がけのアイロンで 何時間もかかったそうです。

幸いな事には、かなり乾いてからの乾燥機だったので
縮みが少なくて 原型に近く直す事が出来たそうです。

週が明けて 退院4日目
家政婦さんは お庭の草取りをして
おばさんは、乾燥し終わったお洗濯物をたたんでいました。
なにしろ お洗濯好きな家政婦さんで
何から何まで 洗ってしまうので その量も半端じゃないです。

またまた 発見
病院で着ていたタンクトップが
漂白剤で 白く穴が開いていました。
確かに 下着など 白く綺麗に洗濯出来ていましたが・・
これはないでしょう(>_<)
バスタオルも漂白剤の影響がありました。

そこに お庭から上がって来た
家政婦さんは、おばさんのお粥の火をかけて
テーブルに座って世間話を始めました。

おぃおぃ
おばさんが洗濯物を畳んで
家政婦さんが 椅子に座って 世間話かぃ!!

あと数日の契約だったので
文句も言いませんでしたけど・・・

ところが その夜
おばさんがお風呂に入ってる時
留守電が入っていて
「風邪引いたみたいなので 明日は休みます」
その翌日 派遣会社からの電話で
「体調が悪いようで 今日で撤退させて頂きます」

不都合があっても おばさんは文句一つ言わなかったけど。
何か不満があったかしら。

主人が「代わりの人は?別の派遣会社からでも頼んだら?」
優しい言葉をかけてくれましたが、
もう病院で十分休んだことでもあり
入院中から 息子が
「なんとなく~(>_<) 家に他人が居るって ほっとしないね」
そう言っていましたので、
家政婦さんは これで終了する事に決めました。

契約期間が残っていたら
別の人を派遣するのが普通と思うのですが。。

数日後 家政婦さんは 言い訳する事もなく
普通の顔で 代金の精算に来ました。

まぁ お掃除は 綺麗にやってくれてたし
時間があると長男のアパートのお掃除も
引き受けてくれてましたので
文句言っても お互い気分悪い。

言うか 言わないか
どちらが親切なのだろう。

迷いつつ 笑顔も見せないで 清算したおばさんでした。

病気には一番悪いストレス溜まる~~



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絶食の1週間


2度目の入院は、 
ご飯が出てこない 少しのお水だけ 1日4本の点滴
その他は、何も制限のない入院生活でした。

朝は 7時に売店が開店すると 新聞を買いに行き
隅から隅まで 読みました。
新聞 テレビのお陰で 世の中の出来事が
手に取るように分かりました。

この時 オウム真理教の手配犯 高橋和也が逮捕されました。

8時頃 検温と血圧測定が終わり 
9時過ぎに 先生の回診があり
3日おきに 回診が終わると 
レントゲンを撮りに 外来の検査室へ行きます
それから 点滴が始まり 約8時間ですが 
スタンドを持って どこでも行けました。
1階の外来に降りると 
パン屋さんのパンの香りが 美味しそうで 堪らなかったです。
けど、そこを通らないと 検査室へは行けません。

前回は、洗濯物は、家に持って帰って
洗濯をお願いしてましたが、
今回は コインランドリーで自分でやってました。
時間があり余るほどありましたから。

シャワーは 点滴が終わると 
針の部分をビニールで覆い毎日でも入れました。
家のシャワーと違って お湯の出方がゆるく 
あまりさっぱりはしませんでしたし
それ程 暑い季節ではなかったので、3日に1回位にしました。

夜になると 主人が相変わらずスポーツクラブの帰りに寄って
食事も出来ない私の前で 息子に「焼き肉へ行かないか!」と
無情な電話をしてました(>_<)

公立病院なので、看護師さんが事務的だと聞いてましたが、
決してそんな事はありませんでした。
みなさん 親切で優しくて 
点滴交換しながら、世間話もしてましたよ。

それでも やっぱり・・お気に入りの人とそうでもない人が居て・・・(^^ゞ
1日3回の交代の時は 誰かな~~気になりました(笑)

1週間の絶食が終わり 腸が空っぽになったので、
また ご飯の味のする重湯が始まりました。
今回は次のステップに上がるのが遅かったです。

3分粥の期間が長くて 看護師さんに
「先生の許可がないと、ご飯が変えられないのよ。ごめんね」
と謝られていました(笑) 主治医の怠慢・・(>_<)

食事が始まると同時に 腸の動きを良くする 
食前の漢方薬と寝る前に飲むと 朝に効く下剤を飲むようになり 
朝方4時頃になるとお腹が痛くて 困りました。

前回は 退院までのスケジュール表がありましたが、
今回は 身体の調子によるので
どうなったら退院出来るのか まったく分かりませんでしたが、
ガスが出る事が 治ったかどうかの 大きな判断基準になりましたね。
最初のうちは、右の方から お腹がゴロゴロして
左へ回って 左下へ行くと そこで止まって 
お腹が張っていました。

2週間が経って レントゲンの結果が良かったら 
今日退院しても良い事になり、
朝早めに 看護師さんが 予約表を持って来てくれて
外来が始まる前に レントゲンの受付に
予約表を出すと 1番に終わるよ。と教えてくれました。

回診の時間になっても
レントゲンの結果が送られて来なくて
今日は退院出来ないのかな。と思ってましたら
11時頃になって 看護師さんが
次回の外来予約表を持って来て
「退院しても良いって」
入院も急でしたが、退院も急に決まりました。

絶食のせいで、退院時には、体重が5㌔減りました。
けれどこの2週間のお陰で 傷がすっかり治り
結果的に家に居るより 静養になったようです。

退院は 6月22日で
初診の時に 手術の予約を入れた日でした。



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建墓式と納骨



昨日は 5月に亡くなった
お義母さんの 納骨でした。

3年前 お義父さんの納骨の時に
お墓を開けてみたら 
壺のまま納骨するのではなく
先祖代々のお骨がそのまま埋葬されていました。

これは 地域によるのか宗派によるのか分かりませんが
人間は死んだら土に還るという意味でしょう。
主人は その方法を嫌だと言って
新しくお墓を設計してもらい建て直しました。

昨日は 建墓式と納骨を合わせてやりました。
お義母さんも住み慣れた家から
安住する場所に移る事が出来て安堵していられる事でしょう。

お義母さんは、
4月の初旬に お腹が張ると言う事で入院 
腹水がたまっていたんですね。
検査の結果は、すい臓がんでした。
年齢が89歳と言う事で、
何の治療もせず、点滴だけ。

お見舞いに行った時
「胸がつかえてあまり食べられないの」
寂しそうでしたが、冗談を言ったりお元気でした。

入院時から お医者さんに
時間は3か月以内しかありませんと言われてましたので
家族親族は 心の準備が出来ていました。

1か月半で 亡くなってしまいましたが、
ご本人には 何も知らされていませんでしたので
いつか 元気になって 家に帰れると思って居られたようです。

最後は何も食べられなくなってしまいましたが、
亡くなる数時間前まで 介助は必要でしたが
歩いてトイレも行けたそうです。

こんな最後を迎えたいですね。

お義母さんの趣味は、庭作りで
お庭には、四季折々 綺麗な花が咲いてました。
これからは、こんなお花を見る事が
出来なくなると思うと 寂しい限りです。


DSCF0701.jpg
DSCF0707.jpg



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2度目の入院


病院へ着いたら 看護師さん達が 待機していてくれて 
そのまま救急診察室のベッドへ。
ドラマやドキュメンタリーで見る通りでした。

この時の担当の先生は 女性で専門は何科か分かりませんが
脈も血圧も普通で 症状が落ち着いていたので
「この時間では何も対処出来ないので、様子を見てください」
優しさの微塵もない口調で言われました(T_T)

息子と缶コーヒーを買って 
(お腹痛いのに、コーヒーかよぉ)
タクシーで帰宅しました。
救急だったのに・・・(>_<)

家では 親友が待っていてくれて 事の次第を話しました。
「なに それ!!」親友は少しご立腹の様子でした。

夢中で着て行った洋服が半袖でしたので、寒気がして来て 
側にあったタオルケットにくるまれて横になっていました。
9時になって家政婦さんが来て お粥とお茶をお願いしましたが
それすら食べられないで また お腹が痛くなって・・・(>_<)

親友にやっぱり病院へ行きたい とお願いしました。
タクシー呼ぶ?息子を呼ぶ? (もう仕事へ行ってましたので)
けれど 動ける状態ではなく、もう一度救急車を呼ぶ事になりました。

後に それを知った会社の人
「この年まで生きて来て 
一日に2度救急車呼んだ人 初めて」(笑)

今度は階下でしたから すんなり救急車に乗れました。
救急隊員が 「どなたが同行されますか?家の火の元は大丈夫ですか?」
親友が 私が付いて行きます。家政婦さんが 家は私が見ています。

また 同じ様な状態で 市民病院へ着きました。
今度は 診察時間内でしたから 
消化器科の先生と救命救急の先生が来て
レントゲンを撮って 術後の軽い腸閉そくです。
内科かと思ったら 
主治医が同じ病棟へとの指示ですから 
また9階の婦人科へ入院します。

息子が会社から 飛ぶようにやって来て
「今度は、完全に治るまで 退院しちゃだめだよ」
と言いながら 入院承諾書を書いてくれました。

また 息子にも迷惑かけちゃいましたね(+_+)

ストレッチャーで9階まで上がると
病棟の看護師さんに「おかえりなさい」と言われました(笑)
午後になって主治医が病室へ来て 
「またここでお会いするとは思いませんでしたよ(笑)
 軽いので 今日から絶食です。
 レントゲンの結果を見ながら 判断しますが、
 改善が無ければ高圧酸素療法になります。」


また 9階の病室から 外を眺めての入院生活が始まりました。



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人生初体験の救急車



プロ意識って何だろう

「仕事に誇りを持つこと」「先を読んで仕事をすること」・・etc
もっと 上を目指せば
「仕事に命をかけていること」「不可能を可能にしていくこと」
「能力向上のために努力を惜しまないこと」・・etc

おばさんも仕事をしていて プロ意識を持ってただろうか。
家族の生活を支えてないので 片手間ではなかったか。 
いろいろ考えながらの夜を迎えました。

この日は 末息子のお誕生日で
息子は 夕方からお友達と出かけていましたから
おばさんは、一人で夕食をとりました。

普段の主食は
発芽玄米に麦 十五穀米を入れて
食べ過ぎないように お粥状にしています。

退院したばかりで 玄米ご飯は負担になると
家政婦さんは 白米のお粥を作ってくれました。
(この辺は 気が利くんです)

昼間に作ったカレーを スープ状に薄めて
早目の夕食を済ませ ゆっくりお風呂に入り 
部屋でのんびりしてました。


病院では、9時半には寝ていたのに、
全然眠くなく 更にお腹の調子が悪かったです(-_-メ)

夜中の3時頃まで パソコンをいじったり、
DVDを見たり 過ごして ようやく寝始めた 早朝5時頃 
左の腸あたりが痛くなり
階下にあった痛み止めを取りに 階段を降りました。

痛み止めを飲んでも 痛みは治まらず 
階段を這うように部屋へ戻った時
痛みと吐き気で 脂汗が、吹き出し 汗びっしょり
これは病院へ戻らなければ・・・・

側に置いてあった洋服に着替え
(パジャマでは病院へ行けない! 変な美意識)(笑) 
這って隣の息子の部屋のドアを叩きました。
起きてくれないので 戸を開け(引き戸です)
「病院へ連れてって!!」とその場に どっかり倒れ込んでしまいました。

ベッドから飛び起きた息子は、
階下へおばさんのバッグの中の診察券を取りに行き
電話の子機を片手に 
「救急では 受付して待たないとならないので 救急車呼んだら!」
「そ ・そうだね」
「で・・・救急車って110番だっけ!」(^^ゞ
「119でしょう」
救急車を呼ぶ人の会話ではないような会話しました(笑)

この時はもう、お腹の痛みは薄らいでいましたが、
倦怠感で起きる事が出来ませんでした。
まだ 汗は吹きだしていましたが。。

そして、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきました。
救急隊員3名が 上がってきて
名前を聞かれたり、症状を聞かれたりしましたが、
口を開いて話す事さえ億劫なくらいの倦怠感でした。

入院中の書類がすべて入ってるファイルを渡して、
ここにすべてありますので見てください。とお願いし
救急隊員の方は、詳細を知りました。

階段が曲がっていますので、そこでは担架に乗せられないので
3人で布状のもので包んで 階段を降ろして 
玄関で担架に乗せて 救急車の中へ。
乗ってから 「空気を入れますね。」
と担架の下へ クッションになる空気が入りました。

市民病院へ電話を入れ 受け入れのお願いをしてました。
市民病院は 自分の病院の患者なので 当然受け入れは可
「では 市民病院が受け入れを承諾しましたので、10分ほどで着きます」
その間 何分か分かりませんが、
生死に係わる状態だったら 早く行って~~と思うのでしょうね。



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退院2日目の驚き


6月8日(金)

退院2日目は
家政婦さんが来る前に 主人が出張だったので
簡単に朝食の準備だけ作り 送り出しました。

家政婦さんが来て 掃除洗濯を始めましたので、
おばさんは 座って出来る仕事だけやるつもりでしたが
決算の帳簿のプリントアウト
税理士さんに送る書類の準備があり
事務所へ行ったり来たり 
立ったり座ったりになってしまいました。

やはり 家に居るとのんびりは出来ないものなのかな~(>_<)

お昼近くなって 家政婦さんが
「カレーの作り方教えてください。
 奥さまが入院中に 旦那様がカレーが食べたいって。
 彼女(親友)に聞いたら こだわりのカレーなんですって?」

主人は 食品関係の仕事をしてるので
食べ物には 少しだけ うるさいです。

では~と言う事で カレーを作り始めたのですが
「こうですか?ああですか?」聞くばかりで
積極的に作ってくれなかったので
おばさんも面倒になって 自分で作ってしまいました。
後輩育てるなら 一つ一つ 丁寧に教えますが
これっきり なので 自分で作った方が早かったです。

後で 親友に聞いたら 
「今日の夕食は なにを作っておきましょうか?
 これは どうしたら良いですか?・・・・」
聞きに来てばかりいたそうです。

親友はおばさんじゃないっての!
他人の家の事まで 分かるわきゃないじゃん。

おばさんの入院中の事は 仕事として任されているんですから
もっと主体的に判断してやって欲しいと
この時は思いましたが
その後に もっと驚いた事が・・・

急に動き過ぎたせいか 午後は疲れて
お腹の具合も悪く 居間に座っていました。

それでも 貧乏性のせいか 座って出来る事をしようと
M子さんから借りた マタニティパジャマに
アイロンをかけて お返しする事にしました。
ところが アイロン台が壊れていた事を思い出しました。

  「買ってきましょうか?」
  「お願いしますね」
  「いくら位で、どんな物を買ったら良いでしょうね」
  「あまり安いのも すぐに壊れそうだし、
   2,980円くらいで良いと思いますけど」

・・・少しの間・・・・

家政婦さん「良く分からないから 一緒に行ってもらえますか?」
おばさん 「・・少しの沈黙・・・車に乗せて頂ければ 見るくらい良いですよ」
      (車の振動も 少し辛いけど、ホームセンターは近いし)

家政婦さん「万一 事故があった時の補償の問題で 
      お客様は 車に乗せてはいけない決まりなんです。
      ですから 私を乗せて行ってもらえますか?」
   

  w(゜o゜)ww(゜o゜)ww(゜o゜)ww(゜o゜)w 絶句

  ・・・・・すごく長い間・・・・

「まぁ・・・(間)・・・いいですけどぉ・・・」


この会話 すごく変です。
おばさんは、前日退院したばかり、運転も1週間は禁止されてました。

この家政婦さんは なぜ 我が家の仕事を頼まれたの?
おばさんが どう言う状況か 理解出来てるのかな?

ここで お客様が来られたので、話しは終わりました。
アイロン台は、その後 家政婦さんと長男が 
買い物へ行った時 買って来てくれました。

この話を 私が親友に愚痴ったのです。
彼女は 「何しに来てるの!!!」って言いました。

その後 彼女が 家政婦さんに この話をしたところ
「けど いいですよって言われましたよ」だって (-"-)
親友は 唖然として 何も言えなかったそうです。

家政婦さんのプロ意識
派遣会社の社員教育

頭の痛くなりそうな 退院2日目でした。



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退院の日


6月7日(水)

14日目で 晴れて退院になりました。

10時に 末息子が迎えに来ると言うので
朝から 荷物の整理をして 薬を受け取り
着替えて ベッドの上に正座してました。
なんだか そんな気分だったからです。

看護師さんが 棚やベッドの回りの点検に来て
お腹の居心地の悪い話をすると
腹帯をしたら 落ち着くよ。と教えくれたので
売店で腹帯を買いました。

ずっと ずっと 飲みたかったコーヒーを 
1階のパン屋さんで飲み 外へでました。

外は快晴で 車の中は暑いくらいでした。
「シャバの空気はどう?」「最高!!\(^o^)/」

広い道路に出ると
今まで居た お部屋が見え
数分前に居たばかりなのに 懐かしい気がしました。

病院


家に着くと 家政婦さんが「おかえりなさ~い」
明るく元気に迎えてくれました。
家の中は綺麗に掃除が行き届いていて 
洗濯物が 明るい日差しに 干してありました。

何気なく過ごして来た日々でしたが
普通の日って 良いものなんだね。
心から 思いました。

テーブルの上は、
郵便物 どこへしまったら良いか分からない物で 山盛り。

病院へは それほど たくさんの物を持って行ったつもりはなかったですが
お見舞いの品物や 売店で買った物等 
大きな袋に 3個になっていました。

洗濯物をお願いして
洗面道具や身の周りの物を元の位置に戻して
2階の自分の部屋へ上がりました。

お部屋の床も 磨かれていて、ゴミも捨ててあり、
シーツもお布団カバーも洗濯して、綺麗に積まれてありました。

ベッドに横になると 全身の力が抜けていくようでした。
久しぶりの我が家は 安心する 居心地の良い場所なんですね。

長く立っている事や 重い物が持てなかったり
階段を登るのも 手を使いゆっくり 降りる時は 壁につかまってゆっくり
前かがみが出来なかったり
何をするにも 日ごろより倍以上の時間がかかりました。
腹筋ってこんなにも働いていてくれたんですね。

横になっても お腹の中の具合が悪く 健康のありがたさを思いました。

のろのろ とろとろ みんなの助けを借りながら 
退院1日目が終わり、自分のベッドの
居心地の良さを噛みしめながら 眠りました。



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退院へ向かって



食事も普通食になり シャワーも自由に浴びる事が出来
10日目には 抜拘
(以前は抜糸ですが 最近は糸ではなく 
 ホチキス状のもので止めてあります)
すごく簡単に ピンセットで 12個を次々取っていきました。
「これでよ~~し!」主治医は 大きな声で言いました。

入院中 一番つらかったのは 咳とくしゃみ
お腹にクッションを抱いて 
出来るだけ 口だけで「クシュン」と。。(笑)

13日目の夜に 主治医の退院診察がありました。
看護師さんから 夜遅くなるよ。と言われてましたが、
こんな時間まで ご苦労さまと言いたくなるような 
夜8時頃でした。

カルテの中に保存してあるお腹の中の画像を見せながら 
手術と検査の結果の説明でした。
開いたお腹の中の 両脇に白い物が見えました。

「この白い物は 何ですか?」
「あ~これ タオル」(^-^)
「皮下脂肪かと思った」
「皮下脂肪 そんなに厚くなかったですよ。(笑)」(^-^)
「内臓の脂肪は?」
「平均的」(^-^)

血液検査の結果 CRP値も下がっていて
特に心配なし!

「コレステロールの値は?」
「(^-^) それは 測っていません。
 こちらで必要な検査しかしていませんから。
 知りたかったら 内科で検査してくださいね(^-^)」

主治医にしたら 
手術には なにも関係ない
あほらしぃ~と思えるような質問(^^ゞ
それでも丁寧ににこやかに答えてくださり
傷口の治りも抜群に良くて 「健康ですね~」
入院してるのに 健康ってないでしょう(笑)

健康って言われたけど、
立って歩けるようになつてから気になっていたのは
お腹の中の居心地です。
左を向いて寝ると お腹の中身が左へ寄って
立ってると お腹は張って 
手でお腹を支えながら歩いてました。

今まであった物が無くなって、
落ち着き場所を 模索しているお腹の中だったのでしょう。



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フライドポテト食べちゃった~



6月に入って数日が経ち
入院から 11日も経つと
仕事が十分に出来てない事が少し心配でしたが
社員の方が いろいろ段取り良く やってくださったので
なんとか 無事に支障もなく 事が進んでいました。
携帯は何度も鳴りましたが・・・(^^ゞ

入院生活にも慣れて来て
朝になると 検温がある事が分かっていたので
看護師さんが来る前に 熱を測っておくようになりました。
新しい体温計で 数秒で測り終わります。
看護師さんも これ早いね~と言っていました。

血圧は 家でも測ってましたが
入院してから いつもより少し低めの
117~80 安定した数値でした。
よほど 入院生活が快適だったのでしょうね。


手首にはめた腕輪のバーコードで カルテが管理されていて
診察室でも 手術準備室でも
パソコンに「ピッ!」で画面にはカルテが出てきます。
体温測っても「ピッ!」血圧測っても「ピッ!」
点滴を交換しても「ピッ!」
検査の結果も 直接カルテに送られて来る。

世の中進歩しましたね。
その代償に失われた事もたくさんあると思います。
人間の心の優しさや思いやりが
失われなければ良いな~と思ってる昨今です。



妹は仕事があるので 夜になると顔を出してくれて
消灯時間過ぎて 10時頃までいた事もありました(^^ゞ
9時の消灯時間に 看護師さんが回って来るのですが、
早く帰るようにとも言われず黙認。
深夜勤の看護師さんは 人数が少ないので 
何かと忙しそうで ナースセンターは空っぽ
「ラッキー ラッキー」とクスクス笑いながら 
エレベーター前まで 送っていきました。

個室は 9時の消灯時間になっても
天井の電気も消えず テレビ見放題の携帯かけ放題
お見舞客が居ても 文句も言われず
これが 個室の差額ベッド代 6,300円分(笑)

高いのか それ相当なのかわかりませんけど。
入院しながら 仕事の電話も出来て 
必要経費って思いましょう(笑)


末息子が 仕事帰りに寄って
一緒に働いてる部下のおばちゃんの旦那さんが
倒れて救急車で運ばれて 今亡くなったんだよ。
入院してた訳ではないから、病室もないし
今は お悔やみ出来ないよね。

当然でしょう。近親者でもないんだから。

食事が普通食になったある日
長男が マックを持って来ました。
まだ 昼食を食べてないと言う事で
目の前で マックを食べ始めました。

久しぶりに 世の中の食べ物への郷愁
「フライドポテト食べたいな~~」
母親思いの長男は 翌日 フライドポテトを持ってきました。

運悪く そこへ看護師さんが 来てしまい
「あら~ポテト?油っぽいよ」
「5本だけ。ね!ね!5本だけ!」(笑)

5本で済む訳ないですよね。
その後 屋上展望ラウンジへ 移動し
追加で5本くらい食べたかな(笑)
お腹への影響は なにもありませんでした。ホッ!



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順調な回復



6月3日(水)

術後5日目になりました。

手術時にお腹に溜まったリンパ液や血液を出すドレーンが
お腹から出ていて
袋の中に、薄黄色い液がたまっていきます。
最初のころは、血液の混じった赤みがかった液でしたが
日が経つと その色も薄くなってきます。
この液が 生温かくて 自分の身体の物なのに、
腿に当たると 気持ち悪い感じでした。

この日 このドレーンを抜きました。
ただ抜くだけなのに、お腹の中を管が 
ヌル~と動くのが 超気持ち悪~~~でした。
傷口は、縫うでもなく 小さな穴に絆創膏を貼っただけ。

ショーツの中に隠れてしまうような
小さな袋なのに、これがなくなったら、
身軽になって 点滴のスタンドだけ持って 
どこへでも行けるようになりました。

毎日 屋上展望ラウンジへ行って
外の空気を思う存分吸い込んでいました。
気分は良かったですが、自宅のある方を眺めると
無性に家が恋しかったです。

展望ラウンジは ガラスに囲まれたお部屋と
外に出ると 病院を1周出来るベランダがあります。
4隅は、広くなっていて ベンチが置いてあり
眺めが良いです。

車いすに乗ってお散歩してる方や
足にグルグル巻きの包帯をして松葉杖の男の人や
病院そのものの光景です。
小さい子供の患者さんが 遊びまわりたい年頃なのに
点滴に繋がれて 一番可哀そうに思えました。


この病院は 救急指定病院なので
半端な数ではなく 救急車が来ます。
病室のちょうど下が 救急の入口なので
窓を開けておくと 
ピーポーピーポー ピッ
救急車が止まる音がします。
また 誰か怪我したのかな 急病かな
軽くて済みますように!!

後に この救急車のお世話になるなんて
思いもよらなかったです。

屋上は ヘリポートになっていて
ドクターヘリも飛んできました。
病棟が最上階9階でしたから
その音が良く聞こえました。

以前 道路を走ってる時
ちょうどドクターヘリが飛んできて
屋上には 赤い照明が点滅していて
風速風向計の旗がなびいて
病院の周囲を何回も旋回して、ホバリングして
降りて来るのを見ていましたから
病室からは見えなくても その様子が分かりました。

今日は お嫁さんM子さんが 孫を連れて来ました。
MRIの検査のマタニティパジャマの話やら
手術の話を長々してたので Rちゃんは 疲れて
ママの膝で眠ってしまいました。
エレベーターまで送って行って
「Rちゃん バイバイ」と言うと
寝ながらバイバイと手を振りました(笑)

入院してから
日ごろ それ程会わない人とも会えて
退屈する事もなく過ぎていきました。

これも 順調に回復していたからだと思いました。



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ぷーちゃんの事



今日は ぷーちゃんのお話です。

豚の話ではありません
030.png こちらの ぷーちゃんです。

手術後
先生にも看護師さんにも
「ガス出た?どれくらい出た?」
何回も聞かれました。

どれくらいって・・
``σ( ̄^` ̄;) エットォ
分かりません。

主治医は言いました。
「スーはダメなんだよ。
 ボワッ!っと ボワッ!!」
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

回診の時に
中国からの研修生が一緒でしたので
「中国語でガスってなんて言うんでしょうね?」
「(屁)ピー」
主治医が通訳してくれました。
真偽のほどは 分かりません。


ぷーちゃんは、食物を腸内で腸内細菌が分解する時発生します。
イモや豆を食べると出る発酵型は 意外と臭くないです。
お肉などの動物性タンパク質を食べて出る腐敗型は、臭いです。

ぷーちゃんとウンちゃんは
密接な関係
( ゚∀゚)人(゚∀゚ )ナカマー!

高タンパク、高脂肪の食べ物は、悪玉菌が増えて
ウンちゃんの色艶も悪くなり
ぷーちゃんの調子も悪くなります。

それでも 焼き肉も食べたいですね~。
ならば・・・・
日頃から、ヨーグルト 海藻、納豆などで
胃腸の善玉菌をしっかり補給しましょう。

出る物は仕方が無い。
全く出なくすることはできませんが、
できるだけ 回数も臭いも抑えたいものですね。

ぷーちゃんの事を理解すれば
何かが見えてくるかもしれません。

このサイト楽しいですよ。
http://www.onarasecret.com/
分かりやすい

個室で 音だけ ボワッ!!は遠慮はいらない。
けど、臭いはご遠慮したいですね~。

体にも悪いし
誰が臭いの元凶か バレバレですものね~
(///△///)



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ご飯が出た~!



5月31日(日)

2日目の朝 手術後初めての朝食。
ご飯の味だけするスープのような重湯と具のない味噌汁だけ。
大切に 大切に 食べました。

回診の時 先生が(主治医ではなかったです)
「食事が始まりましたね。良く噛んで食べてくださいね」

噛む物もないけど・・・ 
食べられる事を感謝して食べましたよ。

この日から お部屋の中だけ歩く事が出来 
尿導管も外れ トイレも行けるようになりました。
起き上がるには 腹筋を使わなければならないのに 
お腹には力が入れられない(>_<)
横になって 腕でベッドの柵につかまって起きなければなりません。
腕力が付いたでしょうね(笑)


6月1日(月)

3日目は、ツブツブの入ってるご飯になり、
味噌汁の具も入るようになり
ようやく ご飯!!のように見えました。

午前中の回診の時に、傷口のガーゼは外しましょう。
え~~っ!
乾かした方が治りが早いですよ。
傷があるのに、ガーゼが無いって 心もとないでした。

お腹を出して パタパタと早く乾かしましょうか(^-^)
また 看護師さんを笑わせました。

この日から 病棟の廊下までお散歩出来るようになり
行動範囲が広がりました。

自販機まで お水を買いに行ったり
エレベーターホールにあるソファーに座って
外の景色を眺めたり 時間は割と早く過ぎて行きました。

手術日以外 親友は 毎日来てくれましたが,
遠慮していた他のお友達のお見舞いが始まり 
午後の面会時間は退屈することなく
過ごせるようになり、
テレビを見る時間が減りました。

あまりにも元気な姿に
本当に手術したの?って聞かれました。
先生から 手術証明書貰って 
壁に貼らなきゃね~(笑)


6月2日(火)

4日目に 背中の局部麻酔が取れ 
痛かったら薬飲んで良いですよ。と
痛み止めの薬が処方されました。

病棟の薬剤師さんが 薬の説明に来ました。
薬科大学の生徒さんが 研修の為同行してました。
個別に 薬剤師さんから お話が聞けるので
ゆっくり質問も出来ますので 良い事です。

食の事 花の事で気の合う友人Iさんから
電話が入り
「これから お見舞いに行くけど 何か欲しい物は?」
すかさず「梅干し~」
Iさんは 「お安い御用 すぐ行くからね~」

日ごろから 薄味の食事はしていましたが
素材の味が生きている食事でしたから、
病院食は、中途半端な味で すこしうんざりしていた所でした。

ニンジンを使ってるおかずが多かったですね。
ニンジンって今頃 安かったかしら(・・? 

梅干しは、毎日 お湯かお茶に入れて飲んでましたので
梅干し禁断症状が 出ていました(笑)

それと・・病室が殺風景なので
お花が欲しいな と思いましたが
厚かましいお願いはし難かったので
喉まで出かかった言葉を飲み込みました。

小1時間して Iさんが病室に到着しました。
見ると その手には 小さな可愛いお花が(*^。^*)
これこそ 以心伝心 (*^^)v

お見舞い花


この日は
もう屋上展望ラウンジまで行けましたので
気持ちの良い風に吹かれながら
遠くまで広がる景色を眺めていました。

Iさんも数年前 胆石で手術をしているので
患者の気持ちを良く理解してくれます。

そろそろ 点滴の交換の時になったので
病室へ戻りIさんは、帰って行きました。

とても 心満たされる日でした。



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普通って素晴らしい



5月30日(水)

手術の翌日は 晴れて綺麗な朝でした。

この時期は 朝の4時頃から明るくなり始め、カーテンの隙間から
明けてゆく様子が感じられましたが、
起床は6時ですし、起きてカーテンを開ける事も出来ないので、
仕方なく ラジオを聴いていました。

ラジオがすっかりお友達になりました。

この日の朝食もなし(>_<) お水だけ飲んでも良かったので
長男が買って来てくれた 
寝ながら飲めるペットボトルのお水で我慢してました。

午前中に看護師さんがやって来て
「さあ 立ちますよ」(-_-メ)
たった数時間寝てただけなのに 
足が自分の物ではないような感覚でベッドから降りました。
点滴のスタンドにつかまりながら
ちょっとふらつきましたが 
無事に立つ事ができ一安心。

お部屋を見回すと
テーブルの上に、手術中に
息子達が食べた パンがありました。
不安と緊張感で 喉を通らなかったのか
どれも 食べかけ飲みかけでした。

たまに立ってみたりしましたが
ほとんど横になってばかりの1日でした。
昼間は テレビを見る事が多くて
この時 もう テレビカード3枚目

夜になって
手術の日は、出張へ行ってた主人が
スポーツクラブの帰りに寄りました。

スポーツクラブは 家と病院の真ん中にあるので
5分程足を延ばせば着きます。

恐る恐る入口のカーテンを開けて
「どうも~~!」
病人に「どうも~」って挨拶もなにかな(笑)
これが 主人のシャイなところで,
「大丈夫か?心配したよ」なんてドタバタ出来ないのです。

おばさんは、電動ベッドを少し起こして
「クローズアップ現代」を見ていました。
内容はなんだか忘れました。
主人は お客さん用の椅子に座ると 
興味深そうにみていました。
本当は 興味なんて無かったのかも知れません。

経過は息子達から聞いていたと思いますから、
なにを話して良いのか分からずに
テレビを見てる振りをしてたのじゃないかな(笑)

8時になって面会時間が終わったので
主人は たいした話もせずに
「じゃ~な」と帰って行きました。

消灯までの1時間
またテレビを見てました。
日ごろ こんなにテレビは見る事がないので
どの番組を見たら良いのか 迷いました。
それにしても テレビってつまらないですね(^^ゞ

この日の夜は
立てるようになったので
洗面歯磨きをして 
普通の事が出来る喜びを感じました。

普通って素晴らしい\(^o^)/



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術後の説明



「びっくりした~~!」
息子の最初の言葉でした。

見せられたのが手術中の動画数分間
最近は 医療事故の証拠にもなる動画のようです。

「テレビでやってるように
 お腹を鉤で広げるんだね。
 切除する箇所をこれとこれって
 ピンセットみたいなので持ち上げて。
 お腹の中って 意外と綺麗なんだよ。」

先生の予想通り 卵巣とその周辺は、炎症が起きていて
癒着していましたので お腹の中を洗浄したそうです。
それで思いのほか時間がかかったようです。

盲腸も化膿していて、
急きょ外科の先生を呼んで来て盲腸も取ったそうですが、
初めて知った事。
婦人科の先生は婦人科だけ、
外科の先生は外科だけの手術しか出来ない事です。

そうなんだ!!


「摘出した物を見ますか?」と聞かれたんで
「見ます」と答えた・・と。


  「そうだね。○ちゃん達の故郷だもんね」とおばさん。
   息子達は 何を言われたのかわからない様子でした。
  「生まれる前は そこに住んでたんだから」とおばさん。
  (子宮のことです)
   納得したように少しはにかみ笑いしました。


先生は タッパー(息子の説明です)を持つてきて
見せてくれたそうです。
息子は、これくらいと 手を丸めて 量を示しました。

摘出したものを すぐに簡易病理に出したが
悪性ではなかったと説明されたそうです。
初診の時の血液検査の腫瘍マーカーの結果通りだったようですね。
何の菌か これから特定しますが 特定出来ない雑菌と言う事もあります。
菌によっては 長期的に抗生剤を飲むことになるとも聞きました。

息子達は 思った以上に元気なおばさんと
先生の 懇切丁寧な説明と癌で無かった事に安心したようです。

息子達が帰った後
硬膜外麻酔のお陰か 傷の痛みも違和感もなく
寝がえりの打てない辛さだけと戦っていました。

テレビを見るにも顔だけ横を向かないと見れないので
首が痛くて 背中が凝ってきました。

この日は 夕食もなく ただ寝てるだけ。
看護師さんが 背中に当てるクッションを
持って来てくれて 左右には動く事が出来ました。

尿導管 ドレーンの袋 硬膜外麻酔のチューブ 点滴
こんな物に繋がれていて どちらを向いても
邪魔で 身動きが取れないで居ました。

さすがのおばさんも
この夜は 眠れなくて 11時頃までテレビを見ていました。
1時と3時の看護師さんの見回りの時も
ラジオを聴いていましたので
「眠れないの?」と聞かれました。

昼間でも寝たい時に寝られるので
夜中に寝れない事は 苦になりませんでしたが
人間の体は不思議ですね。
疲れてくると 自然に寝てしまうものです。
ラジオを聴いてるうちに眠ってしまいました。



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プロフィール


ヨンヨン

Author:ヨンヨン
日本一の米どころ 
新潟で暮らしています。

家で仕事をしながら 
お庭の花を育てながら
のんびり 過ごしています。

お料理と ネコが大好きな
何事も 気にしない!気にしない!
お気楽 おばさんです。


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